川を渡ろうと、橋がかかります。そして、川幅が広ければ広いほど、橋の本体を支える橋脚の本数が増えます。

橋にも、いろいろな橋があります。その中でも、吊り橋を渡るのには、勇気がいる場合があります。

特に古典的な吊り橋を渡るのに勇気がいるのは、その橋を支える橋脚からではないでしょうか。

もちろん、近代的な吊り橋は、そのようなことはありません。なぜなら、吊り橋を支えるだけの緻密な計算が行われていますから。しかし、そのように計算されつくされていることを、私たちは見ることができないので、不安だったり、不思議だったり、びっくりしたりするのだと思います。

では、

暑いので、脱水症に気をつけましょう。

脳梗塞が既往にあり、外出が困難です。

一人暮らしなので、認知症の発症が心配です。

・・・

といったことで、ケアプランは作成できるでしょうか?

おそらく、金太郎飴のような、個別性のないケアプランで良ければ、作成することは可能でしょう。

しかし、それでは、その人のケアプランではないですよね。

では、どうすれば、その人、その人にあったケアプランになるでしょう。

 

そのために必要となるのが、原因と結果の間にある「事実」です。

「暑い」と「脱水症」の間に、どんな「事実」があるのか。

「脳梗塞」と「外出が困難」の間に、どんな「事実」があるのか。

「一人暮らし」と「認知症」の間に、どんな「事実」があるのか。

その「事実」が、「橋脚」です。

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これは私のプランだ。その人を支えるプランなのだとすることができるよう、しっかりとした橋脚をたてましょう。

そして、その橋脚を支えるために、見えないところに土台というものがあります。その土台作りも、また大事なケアプランの作成のための行程の一つであることは、間違いがありません。

 

(投稿 @あろま)