『先生、アローチャートって面白いのがあるんですけど、一緒にやらないです?』

どこで言われたかは忘れてしまったけれど、小樽の地にアローチャートの種が蒔かれる二ヶ月程前だったと記憶している。

聞くところによると、ケアマネがケアプランを立てる思考の過程を視覚化するものだということ。

その頃、在宅で歯科診療をしている自分はケアマネとの付き合い方が分からず壁にぶつかっていた。
それがのちの『ケアマネが苦手(本当は大嫌い)』に繋がるのだがまだ先の話である。

そしてプレの勉強会からアローチャートに触れて行くこととなる。

初めてアローチャートが小樽の地に蒔かれた会は盛況であった。
今でも初めに出逢ったのが東京昭島の石田さんであったのは意味があったのだと思う。

上手くいかなったとき、迷ったとき、笑いと共に背中を押してくれる。
先生、兄貴、同志、仲間なんと形容してよいか悩むがかけがえのない人である。

そしてすぐに小樽は大役を担うことになる。
横浜での全国大会で発表をすることになったのだ。
正直、最初のルール以外を知らない状態での発表は中々に難易度が高いものだった。
当時、八犬士と名付けたメンバーで悩んだ末、小樽の取り組みを発表することにした。

発表は無事に終わり、小樽の多職種での勉強会を吉島先生にも評価頂いた。
そして、唯一抄録の中にチャートがなかったのは小樽だけであったことを追記しておく。

それだけではなく、横浜の学会でアローチャートに出逢ったことが偶然ではないことを感じていた。
小樽では考えられないがケアマネから【ナラティブ】というワードが出ていること。

富山の佐藤伸彦医師の考え方に共感し、ナラティブ勉強会に立ち上げから加わっていたが、まさかケアマネからナラティブというワードを聞くとは思いもよらなかったのである。

ひろばアローチャートで『ケアマネが苦手』という言葉を大羽さんにイジられたのは今でも良い思い出で、あのときの会場のザワつきは命の危険を感じるものだった。

無事に横浜から小樽に戻り、小樽の勉強会はセカンドステージに入る。

セカンドステージ:学びを深める、先生と呼ばれるからには。

この話はまた次の機会があれば書き記そうと思う。

(心真)