私達は表立ってはいけない職業。
なぜなら主役は新郎新婦だから。

初めて司会を担当した日。
たぶん誰よりも緊張していたのは
私だったと思う。

名前を間違っちゃいけない
打ち合わせ通りにやらなきゃ
声はしっかり出さないと…

朝、お腹が痛かった。
夜もあまり眠れなかった。

“どうしてこの仕事
選んじゃったんだろう”
控室で入念に進行を確認し
いよいよ時間がきた。

口から心臓が出そうという
生易しいものではなかった。
口から五臓が…と言っても良いほどだ。

しかし
“逃げたい”と言う気持ちには
ならなかった。

照明が消えた。
会場が静かになった。

腹を据えて、第一声を発した。

何を言ったかは覚えていない。
おそらく間違えずに言えたのだと思う。
会場から拍手が聞こえた。

その後もスタッフと連携をとりながら
スムーズに式は進み、
心配していたあの時が近づいた。

『花嫁から両親への手紙』

ダメだ
もう泣きそうだ

進行表を見ただけで文字が滲んできた。

私がこの仕事を選んだのは、
高校生の時に親戚の結婚式に出席して
このシーンに感動したからだった。

しかし今は立場が違う。
私が式を台無しにしてはいけないのだ。

その時ふと気付いた。
もう緊張はほぐれ、冷静になっている自分に。

あらためて花嫁を見た。

これから両親の元へ歩いて行くその姿は

凜としていた。

(おしまい)

※ストーリーはフィクションです。

by Dee