支えられながら

母が入院した。

実家にひとり残された父、

誤嚥性肺炎を繰り返し

臥床がちで右のものを左にも動かさない、

母が居ないと何もできない何もしない

そう思い込んでいた。

 

そんな父と言えば…

デイケアはお休みしているものの

朝夕1日2回、交番の前まで1キロの道のりを散歩に出かけ

電動カートでドラッグストアに買い物に行く、

母を気にかけ「これを持って行ってやってくれ」と果物やジュースを買ってくる。

洗濯機が使えるようになった

電子レンジで温めができるようになった。

 

“できない“のでなく

“していない“だけだった。

 

母が入院した途端、老夫婦二人暮らしの日常に色んな応援があったことを知る。

向こう隣の福祉員さん、

私の幼なじみの父親は民生委員さんだった。

向かいの家の奥さんは、毎週月曜日にパンを届けてくれていた、

コロナ禍で面会できない代わりに、母の友達は父に差し入れをしてくれる、

田んぼに来ない老夫婦を案じて実家まで訪ねて来てくれる農家仲間、

畑の収穫物を分けるお礼に果物を差し入れしてくれていた若い母娘もまた

気にかけて実家を訪ねてくれていた。

・・・

 

“支え支えられながら生きる自律”

こんな仕事をしておりながら、

私が一番それを理解していなかった・・・。

@くんちゃん

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