それから


開高健の小説「裸の王様」と出会ったのは、学生時代の国語の教科書である。一部が掲載されており、全文読むために私はその後、本屋で文庫本を探し求めた。
主人公の男は画塾を開いている。あるとき、デンマークの文部省内児童美術協会に、子ども達が描いたアンデルセン童話「裸の王様」の挿絵の交換を提案する。
特に印象に残ったのは、男が一人の少年が描いた挿絵を見つけて驚く場面である。そこには、フンドシをつけたチョンマゲの殿様が松の堀端を闊歩している姿が描かれていた。男からなにげなく骨格だけの裸の王様の話を聴いた少年は、先入観なく自分が幼少の頃に田舎で観た芝居を連想づけたのだ。

このお話は、何十年たっても消えることなく私の中に存在している。
1つの作品を別の角度から解釈したり、文字だけの世界を頭の中でイメージし、自分の言葉で何かを付け加える。それはとても楽しい作業だ。
それとつながるかどうかわからないが、今年になって私が所属する2カ所の介護事業所に通ってくる利用者の方々に、有名な童話の続きを考えてもらうことをしている。たとえば、「桃太郎」。鬼退治をした彼らがその後どうなったか。面白いのは、事業所ごとに違う続編が展開されること。たとえば、桃太郎はそれから村の村長になり、猿・犬・キジと一緒に暮らしたというお話ができたかと思えば、一方では犬とだけ同居し、各地に鬼退治に出かけるときだけチームを再結成するとか。お嫁さん候補が村から殺到するかと思えば、山で勇敢な娘さんとの出会いがあったり。

もともとの童話の内容について深く掘り下げていくと、哲学カフェのようになったりする。耳が遠い方も多いので、ホワイトボードに板書も欠かせない。「わたしはこう思う。」と自分の言葉で語れる場をつくる支援。「あなたはこう思うのね。」と聴ける場づくり。引き出してまとめる役はわりと難しく、勉強させられることが多い。

それから。
「それから」という言葉には未来に顔を向けさせる力がある。

(投稿者‘@PAO)

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