望む暮らし
58歳、進行がんステージⅣの彼は、
自身の予後を週単位・月単位と聞いていた
でも、生きたかった。
娘はこの春大学に入学したばかり
妻は家庭を支えるため仕事に明け暮れている
『娘の成人式の晴れ姿をみたい』
それは、一年後の彼の目標
『2階に上がってベランダに洗濯物を干したい』
これは、一日の生活の目標だった。
ささやかな毎日の暮らしを続けるために
妻のために家事を手伝ってやりたい。
でも痩せ細った彼の体力で食事の支度は無理、掃除もできない。
「せめて洗濯物が干せるようなりたい」
妻を少しでも楽にしてあげたい、彼の望みはそうだった。
そう話す彼を見つめる妻の目は冷ややかに宙を舞っている。
彼女の胸の内も聞きたいと思った…
でも「私は別に…」いつもそう言い、
冷たい空気と捨てるような言葉を残し部屋を後にする
彼女は夫と目を合わせようとしなかった。
程なく彼は入院し、退院後はサ高住に入居した。
彼のささやかな望みは空に浮いたまま、駆け足で夭逝した
後に担当ケアマネから聞く
「最後の場面には娘さんが立ち会えました…。
結局、奥さんはすれ違ったままでしたね」
彼と彼女の夫婦の暮らし、彼と娘の親子の暮らし
‥紡いで来た暮らしはどんなだったろう
わかって欲しい と わかってたまるか
ふたつの思いは交錯したまま、再び交わることはなかったのか、、、
望む暮らしは誰のもの?、望む暮らしは誰のため?
@くんちゃん