いつも通り

真っ暗な夜を過ごしたことがある。

不安で苦しくて心配で、もうこの世の終わりなんじゃないかと思った夜。

その日から、10年。

その日から、たくさんの「後悔」を抱えて生きてきたように思う。

なんで、あの時電話しておかなかったんだろう。

なんで、会いにいかなかったんだろう。

メールしとけば良かった。

次に会えたら話そう。

もう、その「次」は2度と来ない。

果たせなかった約束に、蓋を閉めて10年。

長かったんだろうか。

あっという間だったんだろうか。

手元に残った本は、たった1冊からだいぶ増えた。

テレビやインターネットから流れてくる、不自然なまでの「繫がる」「繋ぐ」「絆」という言葉たち。高校生が大きな声で「私たちが復興を担う」と言う。

特に、今の時期はそんな映像が溢れる。

違和感を感じながら、見たくないけど観てしまう。なんで、違和感なんだろうとぼやっと考える。私が思う、「つながってるなぁ」とメディアが伝える「繋がる」などの言葉たちはやはり違うのだ。

先日、また大きな地震があった。

10年前をフラッシュバックして、震える日々。

10年前と違い、「大丈夫!」なんて言ってる強がりな自分はどこにもいない。

事あるごとに「怖い、怖い…」と言えている(笑)

そんな怖いときを過ごしていても、逢いたい顔ぶれがいる。

そんな時だから、顔をみて話がしたくなる。

「いつも通り」がありがたかったりする。

いつも通り、起きて。

いつも通り、ご飯食べて。

いつも通り、話ができて。

いつも通り、学ぶことができる。

いつもの顔ぶれがいる。 

学びあえる。

そして、いつも通りの会話ができる。

特別扱いのない、「いつも通り」がそこにある。

いつも通り接してくれる、友や師や仲間たちがそこにいてくれる。

あの日から10年。

たくさん失った私には、いつも通りの私に戻れる場所がある。

そこには大切な「いつも通り」がある。

@しゅう

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2 件のコメントが “いつも通り” にあります。

  1. 上田三惠 より:

    違和感がある。って言葉にして下さって、ありがとうございます。
    心が ほっとしました。

    1. 広報部 より:

      上田さん、違和感と表現して良いか悩みましたがそれ以外の言葉が見つかりませんでした。
      本当のつながりを知った分、メディアが作ろうとしている「繋がる」がなんとなく違うような気がしています。これで、ほっとしていただいたなら、お伝えして良かったです。
      ありがとうございます。
      しゅう

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