ショートストーリー~「ドライブ」~
休日になると、父はいつもドライブに連れて行ってくれた。
海や山や川、時には泊りがけで名も知らぬ街へ。
当時の父の給料では大きな車に乗ることはできなかったが、
狭い車内ながらも楽しい時間を過ごしていた。
僕達兄弟が社会人となり、一緒に酒を飲んでいる時ふとつぶやいた。
「大きな車に乗ってみたかったなぁ」
もうそれは無理だと感じていたようだ。
能天気で楽天家の兄は「まだまだ大丈夫や」と
何の根拠もなく笑っていたが、
父の背中は寂しそうだった。
現役を退いたあと、運転する機会は少なくなったが、
時々孫達を乗せてはあの頃のように小さな車で出掛けている。
今ではトレードマークと言っても良いほどだ。
そんな孫達も社会人となり一緒にドライブに行くことはなくなったので、父は運転免許を返上した。
「事故を起こして人様に迷惑を掛けたくないから」と。
しかしずっと家にいても良くないだろうと、今度は僕達がドライブに誘うのだが「いや、今日はやめておく」と言って外に出ようとしない。
どうしたものかと家族会議を開いた。
もちろん父を外して。
「遠慮してるんじゃないの?」
「どこか具合が悪いのかも?」
「このまま家にいてボケたらどうしよう?」
「行きたいところがないのかしら?」
「じゃあ、食べたいものは?」
などなど、話しはしても解決策が見つからない。
その時、兄の子供がはっと思いついたように言った。
「行きたいとか行きたくないじゃなくて
“連れて行きたかった”じゃないの!?」
それを聞いた兄が
「それや、それ!じゃあ連れて行ってもらお!」
どこまで能天気なんだ…
「あっそうか、免許持ってなかったんや。
でも運転はできなくても“連れて行く”ことはできるやろ?
みんなが乗れる大きな車で!」
(おしまい)
※物語はフィクションです。
by Dee