珈琲の時間
近頃、丁寧に時間をかけてコーヒーを淹れるようになった。
きっかけは、一人の利用者さん。Aさんは若い頃に喫茶店を経営していた。コーヒーの香りが何より好きだったという情報を見て、私はドリップポットを買った。
Aさんが事業所に泊まってくださる日は、目の前でハンドドリップをする。お湯が輪を描くように注がれてコーヒーの粉が膨らむ瞬間、ほとんど言葉を発しない彼女の目がキラリと光る。そのわずか数秒が私たち職員にとってうれしい時間だった。
少しトロミをつけられたモカブレンドは、どんな味だっただろう。
Aさんがいなくなり、コーヒーの道具だけが残った。
私は、ドリップコーヒーを飲む10回に1回ぐらいAさんのことを思い出す。ほとんどそれまでは、インスタントコーヒーばかり飲んでいたのに。誰とかかわるか、誰と出会うかで人は習慣を変えていくのだと思った。
家の近所に、夫婦で焙煎したコーヒー豆を販売している店がある。古民家でやっていて、なんとなく入りにくい雰囲気があったのだが、どうにも気になって仕方がない。
先日勇気を出して足を踏み入れてみた。
「あのう、、、朝、シャッキっと目覚めるために飲むのにおすすめはありますか?」
ドキドキしているくせに変な質問をする私。店の奥さんが豆の説明をしてくれ、ブラジル豆を買うことにした。豆のままか、挽くか聞かれ、挽いてほしいと答える。
ガーッという音とともに、店中に広がるコーヒーの良い香り。
ああ、これだけで、もう癒される。車の中で袋に鼻を近づけてうっとりし、帰宅してから家族全員の鼻もとに袋を差し出し、満面の笑顔で開封させたのだった。
「ね!いい香りでしょう。」と、有無を言わさず。
次の週、私はコーヒーミルを買った。
また店を訪れ、今度は豆のまま欲しいと伝える。
豆を自分で挽く。どのくらいの細かさで挽くか。お湯の温度。注ぐ速度。タイミング。どのカップで飲むかでも味が変わってくる。
Aさんからもらった素敵な宿題。
(投稿者@PAO)