明治45年

suisen132

明治45年生まれの祖母は、晩年も、「気持ちは女学校時代のまま、少しも年をとった気がしない」とよく言っていた。

90年はあっという間だったらしい。

男勝りで、夜道でオイハギを撃退した話とか、雷に打たれて気を失った話とか、様々な武勇伝があり、その中身の濃さに驚きながら話を聞いたものだった。

晩年は認知症も進み、寝ていることが多かったが、少女のような表情で過ごしていた。

在宅で介護していた。

祖母の入院が決まった日の夜、私は寂しくて悔しくて食事介助をしながら泣いてしまった。目の前で泣いていても、そんな時だけは認知症がひどくなったふりをして、何も見えない、何も気が付かない風をする祖母だった。悲しさも悔しさも寂しさも超越して、少女のようににこにこしていた。

傍にいないと「秋ちゃん」とよく名前を呼ばれた。

入院してから面会に行くと、私やひ孫の話をうれしそうに聞いていた。

「秋ちゃんは仕事、としちゃんとやっこは学校、私はここに入れられてる。」と言ったことがあり、ドキリとした。

亡くなってしばらくしてから夢を見た。夢のなかで私は「おばあちゃん、ごめんね。」と言っていた。そうしたら祖母は「何を言ってるの、いいんだよ。」と言ってくれた。

何のことを謝ったのか、自分でも定かではない、祖母は何を許してくれたのだろうか、それもよくはわからない。が、とにかく、私は許しを得たのだ、そう思うことにしている。

(投稿者@marua)

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