ショートストーリー~「指輪」~
夫は仕事柄、結婚指輪をしていない。
ひとの体に触れるので相手に傷をつけないようにと。
しかし休みの日でも外している。
「落として無くしそうだから」
本人がそう言うのだから、私は何も言わない。
それが当たり前となり、気にもしていなかったのだが
友人夫婦と一緒に遊びに行った時には
やはり二人の指輪に目が行ってしまい、
少し羨ましく思えた。
ある日、夫から電話が掛かってきた。
仕事中に電話をしてくるのは余程のことだ。
“何かあったのかしら…”
緊張した小さな声で出てみると
「ごめん!」と謝っている。
「どうしたの?」
「帰りが遅くなりそうなんだ。」
“そんなこと?”拍子抜けした。
外で働く男がそれぐらいで電話する?
今度は苛立ちの声になっていた。
「うん、わかった」
理由を聞かず、切ろうとすると
「ごめん!結婚記念日なのに…」
私は優しい声になっていた。
「気を付けて帰ってきてね。」
受話器を置いた左手が、
眩しかった。
(おしまい)
※ストーリーはフィクションです。
by Dee