備前住香平【5】
Pi…Pi…Pi………
ICUのなかでモニターの音だけが聞こえた。
「誰ですか?」
数日間の昏睡状態から目覚めた私が、妻と母に向かって放った一言。
「へ!?奥さんとお母さんですよ!分かりませんか!?」
看護師の顔が必死である。
が...分からんものは分からんのである。
周囲の顔が青ざめていくのは、はっきりと分かった。
「まだ、意識がもどったばかりですから…」
看護師はそう言うしかなかったのだろう。
ベッドのままICUからMRI室へと私は運ばれていくなかで、
「いったい、何が起こっているのか…なぜこんな状況下にいるのか…」
理解ができないままMRIのなかへと。
若干の脳浮腫がみとめられたものの、その他に異常は見当たらず…
起因不明の重度記憶障害……
事故の影響で、全身の至る所に外傷はあるものの、奇跡的に重傷はなかった。
しかし、記憶障害が発生している状況に、周囲の不安は計り知れないものとなっていた。
もちろん、本人が一番混乱しているのであるが、それ以上に周りが騒がしかった。
今思えば、認知症の高齢者も同じ状況にあるのかもしれない。
何が思い出せないのか、どうして思い出せないのか。
そこに優しく触れることができれば、どれだけ心強いことか。
若頭の昔話。