備前住香平【10】
退院…思ってもいなかったことが急に決まった。
と、同時に別れが来ようとは…
記憶の一部が欠損したまま、退院を迎えることになった。
病室を片付け、廊下に一歩出ると
「さぁ、退院だ。心配なこともあろうが、まずは今の環境を受け入れること。今を生きているってことを絶対に忘れないように。」
主治医がいつもの笑顔で言った。
「ありがとうございました。先生も退職されるとか…今後はどのように…」
と言い始めると、
「今後?病院はもう良いんじゃない?たぶん、来ても何にもできないよ。治療としてはお終い。まぁ、どうしても困ったな…って時には、僕の新しい病院に来れば良いさ。来れればね(笑)」
そう言い、手を振りながら姿を消した。
これが主治医との最後の会話になり、その日に主治医は退職して病院を去った。
退院してからは、毎日が大変だった。
外泊とは違う、毎日を自宅で過ごすことの大変さ。
記憶が曖昧であるがために、1日が長い。そして疲れる。
毎日、毎日がグッタリの連続であった。
新しく思い出すものもあれば、全くわからないこともある。
ただ、その日、その時をなんとかして生きようと思うだけであった。