備前住香平【7】
「この針のこと分かるの?」
この一言から始まった、記憶をたどる旅。
毎日のように、看護師やセラピストのみんなが何かのきっかけにならないかと、いろいろな対応をしてくれた。
医療機器を持ってきてくれたり、関係する雑誌なんかを持ってきて、ちょっとでも反応したものについて、情報をまとめてくれていた。
2週間が経とうとしたころ、あることが判明した。
それは、医療や介護に関しての情報量がかなり多くあるということ。そして、その情報は留置針やベッド、マットレスという枠の情報ではなく、製品名やメーカー名で記憶されていることであった。
当時、福祉用具などに関わっていたことが原因の一つとして考えられたが、『すべての記憶が大枠ではなく、かなり詳細な情報から戻ってきている。』ということに気づいたのがセラピスト(ST)であった。
依然として、家族のことも分からない若頭にとって、このことは大きな変化を与えた。
「家族」「妻」「子ども」「親」という大きなくくりではなく、個人としての情報からアプローチを始めたのである。
名前や生年月日、どのような人物であるのか、仕事は何をしているのか。
車は何に乗っていて、趣味は何なのか、好きな食べ物は何なのか。
そうすると、いくつかの情報について、
「あ〜、知ってる…かも。」
と言ったらしい(笑)
「は!?そうなら早く言え。」
「もっと知ってることは!」
などなど、家族から集中攻撃をされたそうで、この時の衝撃たるや凄かったようであるが、私は覚えていない。
この日を境にして、家族のことが少しずつ記憶の中から現れるのである。
ただ、家族としてではなく…
人物として
その人のことは分かるけど、若との関係性について頭のなかで構築することができていないのである。
ここで、病院側は大きな賭けに出る。
今考えれば、成功したので良かったのであるが、失敗していたらどうなっていたのか…
考えただけでも身震いがするものである。
この賭けについては、次回お話しすることにしよう。
ある一つのことを掘り下げて知ろうとすることは、情報を仕入れることができれば可能なのかもしれない。
しかし、その情報と他の情報と関連づけようとしたときに混乱する。
この混乱は、見えそうなものを見えないようにしてしまう。
目の前のことを投げ出したくなるほどにだ。
>>>続く